大判例

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大阪地方裁判所 昭和48年(人)4号 判決

請求者

永田智恵子

右代理人

宮崎乾助

〈外六名〉

被拘束者

永田雄嗣

右国選代理人

広川浩二

拘束者

永田邦彦

右代理人

奥嶋庄治郎

主文

被拘束者を釈放し、請求者に引渡す。

手続費用は拘束者の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  請求者

主文と同旨の判決を求める。

二  拘束者

「請求者の請求を棄却する。手続費用は請求者の負担とする。」との判決を求める。

第二  当事者の主張

一  請求者の主張

別紙一のとおり

二  拘束者の答弁および主張

別紙二のとおり

三  被拘束者国選代理人は陳述書を提出した。

第三  疎明〈略〉

理由

一本件に至るまでの経緯

〈証拠〉に、当事男間に争いのない事実を総合すると、本件請求に至るまでの経緯は次のとおりである。

1  請求者と拘束者は、拘束者の叔母夫婦である細井正雄、緑の媒酌により、昭和三六年三月二〇日結婚式を挙げ、名古屋市千穂区覚王山に新居を構え、同年五月二〇日婚姻の届出をし、ついで昭和三八年六月三日、両名の間に被拘束者が生まれた。その後昭和三九年一〇月拘束者請求者および被拘束者は同市昭和区白金一丁目四番九号所在の拘束者の母親永田シズ方に移り住んだが、昭和四二年六月に同市西区又穂町二丁目又穂公団三号棟に転居した。

2  請求者と拘束者の結婚生活は、当初比較的円満であつたが、被拘束者が生まれてのちは、後に認定するような拘束者の異常と思われる性格・言動等が基因となつて、とかく融和を欠いていたところ、たまたま請求者が昭和四八年三月中旬、拘束者の妹の家屋新築祝として一万円を贈つたことにつき、拘束者がその金額が少いとして不満を持つたことからいさかいを起こし、拘束者が実家に戻つてことの正否をきいてこいといつたまま、住居を出て同月二〇日から帰宅しなくなつたため、請求者は、同月二四日、被拘束者を連れて、その肩書地である実姉岩崎フクノの夫岩崎義一方に身を寄せた。しかしながら、右フクノら身内の者の説得もあつて、一たんは、拘束者のもとに戻ろうという気になり、電話で拘束者に対し戻りたい旨告げたが、拘束者から一蹴されたので、拘束者の性格や、それまでの請求者に対する言動を考え合わせた末、拘束者と離婚することを決意し、肩書地において被拘束者と共にしばらく定住することにし、同年四月五日、請求者と被拘束者の住民登録を肩書地に移したうえ、被拘束者を、それまで通学していた名古屋市西区の稲生小学校から大阪市大正区の三軒家東小学校に転校させる手続をとり、新学期の初日から同校に通学させた。

3  一方、拘束者は、同月二四日、午後一時ごろ、義理の叔母高木富子、妹小野美智子および小野京子らと共に、乗用車で三軒家東小学校に赴き、右高木らをして昼休み中の被拘束者を同校から連れ出させて、被拘束者を受け取るやそのまま名古屋市に連れ帰り、その後は前示永田シズ方に居住させ、同年五月一日、前示稲生小学校に転入手続をし、更に、同市昭和区白金小学校に転出手続をとつたうえ、同校に通学させ、現在までこれを監護養育しており、その間同月八日、請求者を被告として、婚姻をけいぞくし難い重大な事由があることを原因とし、名古屋地方裁判所に離婚等請求訴訟(同地裁昭和四八年(タ)第七六号)を提起した。

二被拘束者の意思能力、および本件請求の許否の規準

被拘束者は、前示のとおり昭和三八年六月三日に生まれた満一〇才(小学校四年生)の児童であつて、請求者本人尋問の結果および調査結果によれば、他人の言動に影響されやすく、自主的能力に乏しい性格であることが認められ、これらの事実に、被拘束者本人尋問の結果を勘案すると、被拘束者には、自己を請求者と拘束者のいずれの監護養育に服させるかを判断するについて、未だ充分な意思能力があるとは認められない。そして、このような意思能力のない児童を監護するときには、当然児童に対する身体の自由を制限する行為が伴なうものであるから、その監護自体は、監護方法の当不当、またはそれが愛情に基づくかどうかとはかかわりなく、人身保護法および同規則にいう拘束に該当すると解せられる(最高裁判所昭和四三年七月四日第一小法廷判決、民集二二巻七号一四四一頁)。

ところで、人身保護規則四条は、「拘束が権限なしにされ」ていることを請求の要件の一つとしてかかげているが、これは、「拘束が違法である場合」と同趣旨と理解すべきであり、拘束が違法であるかどうかは、拘束者において形式的な権限を有するかどうかによつて判断されるべきものではなく、拘束の実質的当不当によつて判断されるべきであると解すべきである。そして、本件の場合のように別居中の夫婦の一方が他方に対し、人身保護法に基づき、共同親権に服する意思能力のない子の引渡しを請求した場合には、夫婦のいずれに監護させるのが子の幸福に適するかということを主眼として子に対する拘束状態の当不当を定め、その請求の許否を決すべきであるから(前掲最高裁判所判決)、以下においては、この点について検討を加える。

三拘束者側の事情。

1  〈証拠〉を総合すると次の事実が疎明される。

被拘束者は、現在前示永田シズ方において、同女、拘束者、同人の妹永田直美、弟永田愛彦夫婦とその長男らと共に居住し、前示白金小学校に通学しているのであるが、シズ方は二階建で、その一階を愛彦夫婦らが、二階をシズ、拘束者、直美、被拘束者らがそれぞれ使用しており、二階は、南側に六畳二間、北側に六畳と四畳半、東に台所があり、被拘束者の起居している部屋は、南側の六畳二間である。被拘束者の食事の世話は、専らシズ、直美(二九才で未婚)らが行つているが、拘束者は、その経営する有限会社国際フレックスから年収四八〇万円の役員報酬を得て経済的には恵まれているといえる。拘束者は、請求者と離婚を決意し、既に前示のとおり離婚訴訟を提起しており、被拘束者の教育については、家庭教師をつけるなどの配慮をしている。

2  しかしながら、調査結果によれば、拘束者は、国選代理人の調査に際し、請求者について、婚姻時処女でなかつたとか(このことは仲人の細井夫婦に対しても述べている)、あるいは、昭和四一年正月に、請求者の実姉夫婦である大阪の武部吉男、輝思方を拘束者と請求者とが訪れ、四名が掘こたつに入つていた時、請求者と吉男の姿勢が変で両名間に不貞類似の行為があつた等と主張したことが疎明される(このような主張は、前示訴訟でもなされていることは前掲疎甲第一三号証により疎明される。)が、調査結果、証人岩崎フクノの証言、請求者本人尋問の結果および拘束者の右主張自体を検討すると、拘束者の右各主張はいずれも同人の妄想のように思われるうえ、かえつて、調査結果および請求者本人尋問の結果によれば、拘束者は婚姻前、かなりの女性関係があつたこと、その性的な嗜好も異常で夫婦関係においても常軌を逸する要求をすることが屡々であり、これが夫婦間の融和を欠く原因となつたことが疎明され、また〈証拠〉によれば、拘束者は、国選代理人が調査した関係者の中で、拘束者に不利と思われる供述をした人々のみならず、国選代理人に対しても、文章の内容が必ずしも分明でなく、一部には恫喝的な文言すらも使用されている内容証明郵便を発送していることが疎明されるのであつて、その行動は、感情に走つたものがあるとはいえ、常識はずれと評されてもやむを得ないものがある。以上の事実から推測される拘束者の異常な性格のほか、シズは六四才で高血圧気味であり(請求者本人尋問の結果によつて疎明される)、直美もいずれ近い将来婚姻すると見るのが自然であり、いずれも今後被拘束者の監護を長期にわたつて行なえるという保障がないというべく、また拘束者は当法廷において再婚することを否定するとともに、将来自己の手によつて被拘束者の食事の世話から洗濯まで行ない、つきつきりで監護養育の任にあたる旨供述しているけれども、このようなことが実行され得るかどうか極めて疑問であるし、同人の年令性格等からみて、将来再婚することも十分予測されるところであつて、そうなれば、被拘束者と継母の折り合いにつき複雑な問題の生じる可能性のあること等を考慮すると、現在、拘束者において被拘束者の監護、養育につき神経質過ぎるほど配慮をしていることを斟酌しても、なお今後とも、被拘束者を拘束者の監護下におくことには、躊躇を感じさせられるものがある。

四請求者側の事情

1  〈証拠〉を総合すると次の事実が疎明される。

請求者は、被拘束者を伴つて来阪してから被拘束者が、拘束者によつて連れ去られるまで、被拘束者と一緒に、肩害地の岩崎義一方である鉄筋三階建建物の三階部分(7.5畳の居間兼応接室、7.5畳の勉強部屋、六畳の寝室がある)に居住していたが、被拘束者が連れ去られた後は、現在まで一人で右部分に居住している。右義一方の一階は、同人の経営するグリルおよび喫茶店であり、同人の家族は、フクノと大学生の息子の二人であつて、同人らは、三階部分を使用しているから、請求者と拘束者が同居するようになつても充分なスペースがある。請求者は現在、この義一方のグリル、および喫茶店を手伝い、月四万ないし五万円を支給されているが、将来、被拘束者と共に生活できるようになれば、再婚せず、兄姉の協力で本年一〇月に完成が予定されている店舗付分譲マンションを購入し、ベビー用品および婦人物の小売店を開く計画をたてている。なお請求者は、兄一人、姉三人の兄弟があり、亡父の遺産分割の一部として、兄から定期預金で一、一〇〇万円の贈与を受けたほか、相続財産のうち、八尾市所在の宅地234.64平方メートルを単独所有することが予定されている。

2  拘束者および被拘束者は、いずれも当法廷において、請求者と拘束者が夫婦喧嘩をすると、請求者が被拘束者をハンガーや「孫の手」で殴つたことがある旨供述しているが、たとえこのことが真実であつたとしても、右夫婦喧嘩は、前示の拘束者の性格や、夫婦生活の面における拘束者の常軌を逸した要求などに起因するものと推認され、そのストレスが被拘束者に向けて発散されたものと考えられるのであつて、拘束者とのそのような確執が起こらないならば、請求者が、被拘束者と同居するようになつたとしても、感情的になつて被拘束者にあたることはないものと考えられる。また調査結果によれば、請求者の生花の先生や、稽古仲間、稲生小学校の先生らは、請求者の性格を、おとなしく、きちんとしており、外に出てはひかえめであり、極めて標準的な主婦として評価していることが疎明され、請求者本人尋問の結果によつても、請求者の性格が右のようなものであることが疎明される。

3  ところで、〈証拠〉によれば、被拘束者が、拘束者について、白金小学校で書いた作文の中で、やさしいから大好きだと記載しながら、請求者についての作文を書こうとせず、クラス担任の先生には、請求者には毎日叱られ、ハンガーや孫の手でたたかれたので恐わかつた旨述べたことが疎明され、また被拘束者本人尋問の際にも同旨の供述をし、請求者に対して、むしろ不自然なくらいよそよそしい態度をとつているのみならず、調査結果によれば、被拘束者は、国選代理人から「お父さんとお母さんのどちらを選ぶか」という問を受けていないのにかかわらず、ことさら「お父さんを選ぶ」と述べたことが疎明される。しかしながら、調査結果によれば、拘束者は、従前から、被拘束者に対し、物質的にぜい沢をさせていたことが疎明されるところであつて、この事実に前示のように、被拘束者が他人の言動に影響されやすく、自主的能力に乏しい性格であること、現在は拘束者の監護下にあり、その影響を強く受けていると推測されること等を考え合わせると、被拘束者の前示の態度は本件請求の許否を決するうえにおいて、さほど重視されるべきではない。

五以上の点を総合して考えると、被拘束者にとつては、何度も転校する結果となつて、まことにあわれを覚えるけれども、被拘束者の将来における真の幸福に想いを至すならば、平均的な母親としての常識と愛情を有し、かつ監護養育の能力も十分と認められる請求者の手許で監護、養育される方が、いささか常識を欠き、異常とも思われる性格を有する拘束者の監護養育のもとに置かれるよりも、より幸福であると言わざるをえない。したがつて、拘束者が被拘束者を請求者の手許から連れ去り、これをその監護下に置いていることは、形式的には監護権の行使ではあるが実質的にみて違法な拘束であるといわねばならないから、請求者の本件請求は理由があるものとしてこれを認容し、被拘束者を釈放し、かつ前示の事情を考慮して同人を請求者に引渡すこととし、手続費用の負担につき、人身保護法一七条を適用して主文のとおり判決する。

(下出義明 藤井正雄 石井彦寿)

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